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石井 正忠いしい まさただ

順天堂大学より、1989年に当時日本サッカーリーグ2部所属だったNTT関東サッカー部へ入団。1年目から出場機会を得た。

1991年、既にプロ化に向けて動き始めていた住友金属工業蹴球団へ移籍。鹿島アントラーズの創設メンバーとなり、Jリーグ黎明期の鹿島の主力として活躍した。1997年に固定背番号制になるまでは、ガンバ大阪今藤幸治ほどではないものの、石井も先発出場の際には多くの番号を付けた。1998年にアビスパ福岡へ移籍し、そのシーズン限りで引退。

引退後すぐに古巣の鹿島で指導者の道に入る。ユースチームのコーチを経て、2002年から2011年までは10年間にわたってトップチームのフィジカルコーチを務め、2012年からは総合コーチとなった。

2015年7月、トニーニョ・セレーゾの成績不振による解任に伴い、鹿島の監督に就任。鹿島にとっては、2度監督代行を務めた関塚隆を除けば、初代監督の宮本征勝以来21年ぶり2人目の日本人監督となった。

2015年10月31日、石井監督就任後、勝負強さが戻った鹿島は好調を維持しヤマザキナビスコカップJリーグカップ)決勝にてガンバ大阪に3-0で勝利し優勝。監督就任初年度に初タイトルを獲得した。

またJ1リーグも終盤までサンフレッチェ広島と優勝争いを続け、2ndステージを2位で終えた。