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カジー・ラッセルCazzie Russell

ラッセルは1966年のNBAドラフトで栄えある全体1位指名を受けてニューヨーク・ニックスに入団。ルーキーイヤー以来順調に成績を伸ばし、1968-69シーズンにはチーム2番目となる18.3得点4.2リバウンドを記録した。ウィリス・リード、ウォルト・フレイジャーら優秀な人材を揃えたニックスは1969-70シーズンには60勝をあげ、プレーオフを勝ち抜いてついにはチーム史上初の優勝を遂げる。ニックスにとっては正に全盛期と言えるこの時期を、ラッセルは主にシックスマンとして支えた。

ニックスの初優勝は第7戦におけるリードの故障を押しての気迫のプレイが有名だが、しかしこの強行出場が災いして以降リードは怪我に悩まされ続けた。このためニックスはリードにかわるポストプレイヤーを探すようになり、そしてラッセルは1970-71シーズンを最後にジェリー・ルーカスとのトレードのためにゴールデンステート・ウォリアーズに移籍することになった。

ニックスではベンチスタートだったラッセルは、ウォリアーズではネイト・サーモンド、ジェフ・マリンズらと共にチームの主力を担うようになり、移籍1年目の1971-72シーズンは21.4得点5.4リバウンドと大きく成績を伸ばした。ラッセルはこのウォリアーズで全盛期を迎え、このシーズンには初のオールスターに選出され、1973-74シーズンにはキャリアハイとなる23.6得点を記録している。

 

フリーエージェントとなったラッセルは1974-75シーズンにロサンゼルス・レイカーズに移籍。レイカーズに移籍したその年、故障でシーズンの半分を欠場したラッセルは1975-76シーズンには平均11.8得点まで成績が落ち込んだが、翌1976-77シーズンには16.4得点まで持ち直した。しかし新シーズンが開幕する直前に、突然の解雇を言い渡され、ラッセルは3シーズンでレイカーズを去ることになった。

ラストシーズンはシカゴ・ブルズで過ごし、1977-78シーズンを最後に現役から引退した。NBA通算成績は12シーズン817試合の出場で、12,377得点3,068リバウンド、平均15.1得点3.8リバウンドだった。