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チャーリー・スコットCharlie Scott,

ルールも環境も違うNBAではABAほどの派手な活躍はできなかったが、それでもスコットはサンズのリーディングスコアラーとなり、3シーズン連続で平均25得点前後を記録するが、スコットの活躍もチームの成功には繋がらず、スコットが所属した期間中にサンズがプレーオフに進出することはなかった。

その頃スコットとは浅からぬ縁のあるセルティックスは、一つの問題を抱えていた。将来有望な若手ガードのポール・ウェストファルがまもなくFAとなり、セルティックスを出て行くのが濃厚と見られていた。このまま何の対価も得られずにウェストファルを放出する訳にはいかないセルティックスは、サンズにトレードを持ちかけ、そしてウェストファルにドラフト指名権との交換でスコットのセルティックス入りが決まった。1970年にセルティックスに指名されてから5年後の1975年のことである。

プレーオフ進出すら苦労するサンズとは違い、毎年優勝に絡む強豪セルティックスには多くの才能あるスコアラーが居たため、スコットの成績は大きく後退したが、それでもセルティックス1年目のシーズンは平均17.6得点をあげ、チームの有力な得点源として活躍した。セルティックスはプレーオフを勝ち抜き、NBAファイナルに進出。ファイナルで待っていたのは奇しくもスコットが1年前までプレイしていたサンズであり、スコットが務めていたエースの座には彼と入れ替わりでサンズに入団したウェストファルだった。サンズとのシリーズは熾烈を極め、トリプルオーバータイムまでもつれた第5戦はファイナル史上最高の試合と言われるほどの激戦となった。セルティックスの3勝2敗で迎えた第6戦でスコットは25得点11リバウンド5スティールの活躍を見せ、古巣サンズに引導を渡すと共に、セルティックスを13回目の優勝に導いた。